母の死が私に与えたことは以下の2つ。
まず、母親の死という私個人にとっては衝撃的な出来事でも、社会にとってみればほんの小さな出来事。むしろ、人の死はとてもありふれているということ。
では、なぜ母は死ななければならなかったのか。映画のように、特別なメッセージがあるわけではない。生きている私たちが、意味を見出したいと願っているだけなのだということ。
次に、その死との向き合い方。最初に激しい悲しみがやってきて、途方もない絶望、最期に虚無がやって来た。こんな思いを、私以外の家族、父や弟達も経験しているかと思うと、それがまた私を悲しませた。ただ、誰かにかわってほしいとは思わなかった。わたしの悲しみは私だけのもので、誰にも理解できるはずが無いと思っていたかった。
そこで、私は同じ母を亡くした経験をもつ2人の弟と向き合い、シャッターをきった。彼等との間に、具体的な話があったわけではないが、カメラを通して一つの肉体として向き合ったとき、彼らなりの悲しみや思いが、どうしようもない程に私との間に隔たりとしてあることに気づかされた。
母の死を透して、向きあった弟たちと私の数年間の記録である。
日常の一部となった、喪失の記録。