ロシアを訪問したとき、私が抱いていたその国に対する知識は、寒い、大きい、恐い、美人が多い...といった知識と呼ぶには程遠い、勝手なイメージにすぎないものであった。
初めてその国に降り立ったとき、そぼ降る小雨が私を迎えてくれた。それがロシアという国に対する私の先入観を助長させ、より一層、街は暗くどんよりとしているように見えた。
もう春を過ぎようとしているのに、街を行く人々の表情は暗く、吹きすさぶ風さえも私を威圧しているような錯覚を覚えた。
街では軍事パレードの準備が進められており、「軍事大国に来てしまったのだ。」そんな思いがした。
しかし、ロシアの旅も日を重ねるにつれ、そんなイメージは徐々に変化していった。
街を歩いていると見知らぬ人が「いま何時?」「タバコ持ってる?」と話しかけてくる。その度に、「スリか?」「物取りか?」と緊張していたが、美しい街の景色、遊ぶ子どもたち、仲間とふざけあう兵士、どこか気の抜けた警官隊、メーデーで街を練り歩く人々…そんな人々の姿を目の当たりにするうちに、ロシアという国は私が思っているほど恐い国ではないし、人間味に溢れた国だということが分かってきた。公共施設の係員の愛想のなさには少々腹は立つが、なんだか憎めない国だなと感じた。
緊張の糸がほぐれてきたころ、突然空からゴーッという音が聞こえ、爆撃機の編隊が上空を飛び去っていった。刻一刻と変化していく世界情勢の中、その巨大な国土の為か、常に隣国と緊張関係にあるロシアの人々は、やはり恐怖と背中合わせに生きているのかもしれない。表面上の明るさや気さくさ、そして兵士たちが時折見せる緩んだ表情の内には、常に祖国の行進曲が流れているのだ。
次にこの国を訪れるときにも、市井の人々や若い兵隊たちの気の抜けた笑顔が見られるような世界であることを願う。